
戦後まもなくの捕鯨
新政権によって米国社会は大きく揺れることになった2025年も、もうすぐ終わりを迎えようとしています。米国国立公文書館の内部もいろいろなことがありましたが、少なくとも、10月1日から11月12日までの43日間の長い政府機関の閉鎖期間を除けば、リサーチルームは平常開館を保ってきました。今後も先が見えない状態が続くと思いますが、それでも米国国立公文書館が存在する限りは頑張っていかなければならないと思っています。
先日、たまたまある調査を通じて、戦後の捕鯨関係の写真を目にする機会がありましたので今回は、その関係資料を少しご紹介したいと思います。
捕鯨の歴史は、古代に遡ると言われ、日本ではすでに縄文時代はあったのではないかと言われています。(1) 16世紀には捕鯨専用の銛(もり)を使うようになり、江戸時代には、網で鯨を囲ってそのあとで銛で仕留めるという方法がさかんになり、また専門的な捕鯨集団であった鯨組が組織されるようになって捕鯨産業は発展していきました。下の捕鯨図は、日本でもよく知られているかと思いますが、米国議会図書館にもあります。
| 諸国名所百景肥前五島鯨漁の図。歌川広重。Hizen gotō kujiraryō no zu. Whale hunting at the island of Goto in Hizen. Whalers armed with harpoons hunting whales. Utagawa, Hiroshige, 1826-1869. Digital Id: jpd 01790 //hdl.loc.gov/loc.pnp/jpd.01790. Library of Congress Control No. 2002700001, Library of Congress, Washinton, DC. https://www.loc.gov/resource/jpd.01790/ |
1853年のペリー来航の重要な背景の一つとして、当時すでに発展していた捕鯨産業をさらに促進する必要がありました。当時の米国では、鯨は食糧ではなくあくまで照明や潤滑油としての鯨油を取るために必要なものであり、その捕鯨は長期航海を必要とするために、日本は燃料、水、食料の重要な補給地となると考えられていました。ペリーが来航した1853年は、アメリカの捕鯨業においてはピークを迎えていた年でもありました。(2) 米国の著名な長編文学作品の一つとして知られる『白鯨(原題:Moby Dick』は、ハーマン・メルヴィル(Herman Melville:1819-1891)によって書かれたもので、1851年に発表されました。彼が数年間、捕鯨船の船乗りとして実際に働いていた経験を生かした作品でもありました。この作品のテーマは、マッコウクジラ(モービー・デイック)によって片足を失った老船長が、捕鯨船に乗った船乗りたちとともにその復讐に挑む話なのですが、難解な部分も多々あり、読破するのが難しい本です。が、あらためて読むと、鯨と捕鯨についての博物学的な知識がたくさん散りばめられており、非常に興味深いものだと思っています。またこの作品には、「日本:Japan」に関する言葉が21個ほど出てくるので、この作者がどれだけ日本に興味を持っていたかはわからないのですが、当時の米国捕鯨船が、日本近海にも来ていたし、日本の捕鯨についてもなんらかの関心や知識があったのかもしれないと思っています。(3)
1868年にノルウェーでは、ノルウェー式捕鯨(船の船首に据え付けた捕鯨砲から銛を発射して捕獲する漁法)が開発され、日本も1899年にその漁法を開始し、1934年には、日本は母船式捕鯨(捕鯨を行う船であるキャッチャーボートと、洋上で鯨の解体や加工を行う捕鯨母船とで船団を組む漁法)を始めることになりました。しかしながら、戦争の時代に突入すると日本の捕鯨も中断しました。(1)
終戦直後の日本は、現代に生きる私達では想像できないほどの深刻な食糧難に見舞われました。その危機的な食糧難を解消するために、安価で栄養豊富なたんぱく質源として鯨肉を使うようにし、GHQは終戦から3ヶ月後の1945年11月には、小笠原近海への捕鯨を認め、1946年8月には、南氷洋(南極大陸の周り)の捕鯨が認められると、戦時中のオイルタンカーを改造した、「橋立丸」(日本水産:現、ニッスイ)と「第一日新丸」(大洋漁業:現、マルハニチロ)が、南氷洋へ出漁しました。(4)
下の2枚の写真は、1947年11月の2回目の南氷洋へ出漁する時の横須賀での盛大な壮行会の様子と第一日新丸の出航時のものです。6か月間捕鯨作業に従事しました。


Upper: Whaling vessel, Nisshin Maru, leaving for Antarctic. The mother ship of a large whaling fleet, the Nisshin Maru, just before it left from Yokosuka Harbor, Japan for a six month expedition to the Antarctic. This expedition was sponsored by Kyokuyo Hogei Co., in Japan. 11/6/1947. No. 291650.
Bottom:Farewell Japanese Whaling expedition. Mr. K. Nakane, Official of the Kyokuyo Hogei, addresses members of the crews of the eight ship fleet his company is sponsoring, prior to their departure from Yokosuka Harbor, Japan. This six month expedition is going to the whaling grounds in the Antarctic. 11/6/1947. No. 291652.
Both photos from Box No. 576. RG111SC, US Signal Corps photo, National Archives in College Park, MD.
下の2枚は1948年11月のもので3回目の出漁でした。GHQ関係者がこの捕鯨船に乗船していたことも知りませんでしたが、この時の出漁では、フランス海軍の人間がGHQ関係者として橋立丸に乗船していたことがわかります。
(1) 捕鯨の歴史(一般社団法人 捕鯨協会):https://www.whaling.jp/history.html
(2) The History of Whaling in America (American Experience PBS):https://www.pbs.org/wgbh/americanexperience/features/whaling-history-whaling-america/
小説「白鯨」で思い出す 捕鯨で栄えた町、かつてアメリカにもあった(Asahi Shimbun Globe, 11/21/2019): https://globe.asahi.com/article/12859987
(3) Moby Dick or, The Whale. By Herman Melville (THE PROJECT GUTENBERG EBOOK 2701): https://www.gutenberg.org/files/2701/2701-h/2701-h.htm#link2H_4_0002
(4) 敗戦後の食糧難の日本再建のために国をあげて南氷洋捕鯨開始 気象台も職員派遣(Yahoo Japan ニュース, 11/18/2021):
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/0e3f6a819cbbf7b7b2f937026da60db378707836
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