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戦前の東京に関する写真―米陸軍海軍合同調査報告書(JANIS)の中から

あっという間に9月後半を迎えてしまいました。日差しがまだ強い日もありますが、木々の葉は少しずつ紅葉し始めて秋がやってきたことを実感します。

さて今回は、第2次世界大戦中に米軍の陸軍と海軍による合同情報調査報告書(JANIS:Joint Army-Navy Intelligence Study)についてご紹介をしたいと思います。

第2次世界大戦中の1943年、米国は、陸海軍合同情報調査(JANIS)を行い、情報を収集し、編集し、調整し、出版するという目的のもと、統合情報調査出版委員会(JISPB: Joint Intelligence Study Publishing Board)を設立しました。この陸海軍合同情報調査(JANIS)は、戦略的かつ統合的な基礎情報を求めていた当時の米国政府のための、初めての省庁間の基礎情報といえるものでした。その情報というものは、日本側の軍事的な情報だけでなく、気候、地理、農作物、人々などありとあらゆる要素を調査対象としたものでした。1943年では、今後の日本とどう戦闘をしていくか、いずれ日本本土への上陸をしなければならないときに、どこから攻めていくかといった前提もあったために、北海道や関東を含めてどこからであれば、米軍は上陸できるのかといったことも想定でしていたようで、地形的な情報も詳細に追っていました。それらの情報は、戦争遂行において参考にされたものもあったと思いますが、実際には、戦後の占領地の軍政統治を進めるにあたって使用されていったようです。

この報告書シリーズは、概要(Brief)、軍事地理、海洋、海岸および上陸地点、気候・気象、港湾施設、交通・通信、都市・町、資源・貿易、住民・政府、保健・衛生、防衛、海軍施設、航空施設などの項目に分かれています。対象地域としては、No. 73:シべり南東部、No. 75:朝鮮、No. 76:中国(東海岸)、No. 77:中国(南海岸)、No. 78:カムチャッカ、No. 79:樺太(サハリン)、No. 80:千島列島、No. 81:日本の北海道、No. 84:日本南西部、No. 85:日本中央部、No. 86:南西諸島、No. 87:台湾(フォルモサ)、No. 102:マリアナ諸島、No. 103:パラオ諸島、No. 104:カロリン諸島、No. 150:ボルネオ、No. 154:フィリピン諸島、No. 155:セレベス海、そしてNo. 157:オランダ領ニューギニアといった地域にわたっています。

JANIS 85 Chapter 1 JANIS of Central Japan: Central and Northern Honshu: Brief, October 1944. Page I-1. RG263 Entry A1-47B JANIS 1943-1947, Box 17. National Archives in College Park, MD

これらの紙資料は、RG263のCIAの資料の中にあります。(Entry A1-47A, A1-47B, Joint Army Navy Studies (JANIS), 1943–1947, Total 34boxes: https://catalog.archives.gov/id/7260304) またマイクロフィルムになったものが、RG243の戦略爆撃団の資料の中にあり(Entry 49, I-10: Joint Army - Navy Intelligence Studies (JANIS), 1944–1945:Box 1-16: M1169::https://catalog.archives.gov/id/561914), 現在そのデジタル資料をNARAサイト上で見ることができます。しかしながら、これはあくまでマイクロ資料をそのままデジタル化したものなので、残念ながら画像の質があまりよくありません。なので、もしNARAに来ることができれば、紙資料を見たほうがよいと思います。

通常、紙資料がマイクロ資料になっていた場合、コロナ禍以前であれば、NARAのアーキビストを統括する部署に理由を述べて許可を得れば紙資料の請求及び閲覧や撮影ができました。しかしながら、コロナ禍以降は、資料の劣化を理由として、マイクロ資料になっているものに限っては、マイクロ資料を閲覧することが原則で、紙資料そのものは閲覧できないようになりました。

RG263のCIAの紙資料がもしそのRGのままマイクロ資料になっていれば、もちろん現物資料にあたることはできなかったと思いますが、戦時中にいろいろな部署で共有されたこともあり、RG243の資料としても使われ、それがあくまでRG243の資料のマイクロ資料となったゆえに、RG263の紙資料はまだアクセスできるということなのかもしれません。

今回、ご紹介したいのは、東京を含む日本中部に関する報告書の中の「都市・町」の項目に出ている写真です。

JANIS 85 Chapter 1 JANIS of Central Japan: Central and Northern Honshu: Brief, October 1944. Cover. RG263 Entry A1-47B JANIS 1943-1947, Box 17. National Archives in College Park, MD

以下の2枚は、東京のどこの地域ということは一切書かれていませんが、一般の住宅地域や、店が拡大しつつあるような通りの様子です。軒先には自転車が置かれており、いわゆる歩道のようなものはまだなく、普通に歩いている人々、遊んでいる子ども達、自転車で移動する人々、時には車も通るような道でした。戦争中の空襲で東京には焼けてしまった地域もたくさんありましたが、私が子どものころの1960年代の東京には、まだこうした写真に似たような雰囲気が残っていたので、とても懐かしい気持ちになりました。

Left: Figure VIII-7. Tokyo. Residential section. Wide new commercial street. From Page VIII-6.

Right: Figure VIII-8. Tokyo. Residential section. Typical narrow street. From Page VIII-7.

Both from JANIS 85 Chapter 1 JANIS of Central Japan: Central and Northern Honshu: Brief, October 1944. RG263 Entry A1-47B JANIS 1943-1947, Box 17. National Archives in College Park, MD

Figure VIII-41. Tokyo. Eastern tip of Oji-ku near Arakawa (upper Sumida). Direction and date unknown. Main plant of the Oji Paper Company. From Page VIII-17.

JANIS 85 Chapter 1 JANIS of Central Japan: Central and Northern Honshu: Brief, October 1944. RG263 Entry A1-47B JANIS 1943-1947, Box 17. National Archives in College Park, MD

上の写真は王子製紙の王子工場の様子です。戦後王子製紙は、財閥解体の対象となり、十条製紙、本州製紙、苫小牧製紙に分割されました。もと王子製紙の王子工場の跡地は、1950年に製紙記念館となり、1953年に改称して製紙博物館となり、さらに1965年に改称して紙の博物館と呼ばれました。この紙の博物館には、私は子どものころ、何度か行ったことがありました。近くの飛鳥山や京浜東北線の電車からいつも見えていたので、おそらくこの写真も飛鳥山から撮影したものではないかと思います。(参照:紙の博物館:沿革:https://papermuseum.jp/ja/about/history/)

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